街と人をラジオドラマでつなぐ

街と人をラジオドラマでつなぐ
脚本家 北阪昌人さん

今回のあるまっぷでは、神保町を舞台に繰り広げられる2つの番組、ラジオドラマ『NISSANあ、安部礼司』(以下『安部礼司』)や、朗読ドラマ『Sound Library ~世界にひとつだけの本~』の脚本を担当されている、脚本家の北阪昌人さんに取材させていただきました!神保町勤めのサラリーマン・安部礼司がトレンドの荒波に揉まれながらも前向きに生きる姿を描いた勇気と成長のコメディドラマが、全国から愛される人気の秘訣や、北阪さんの想いに迫ります!

 

♢ずばり、神保町が『安部礼司』の舞台になった理由は?

『安部礼司』が始まった2006年当時、番組のスポンサーである日産さんは新しく始めるこの番組を30代男性に刺さるコンテンツにしたいと考えていました。たまたま宣伝部の方にラジオドラマがお好きな方がいて、僕は東京FMさんでラジオドラマを書いていたので声がかかり、企画の段階から入れていただくことになりました。30代男性ってサーフィンや囲碁将棋など、人によって趣味にばらつきがあり、マーケティングがすごく難しい。総合プロデューサーの堀内貴之さんが中心となって考えた結果、「サラリーマン」というキーワードがちょうどいいんじゃないかということになったんです。堀内さんが「神保町を舞台にしたい」とおっしゃって、僕も賛成した記憶があります。というのも、僕もサラリーマンとして神保町に勤めていたことがあるんです。ちょうど東京の真ん中ぐらいにあって、尚且つ本の街としての顔や、ラーメン・カレーなどの文化もあって、人情と下町っぽい雰囲気とこれからどんどん変わっていく新しさが一体になっている街ですから、平均的なサラリーマンを描くのにはいいなと思いました。もしこれが新橋を舞台にしていたらまた違ったドラマになったと思うし、丸の内でも変わったと思うんです。
ラジオドラマを書くときに僕が一番気を付けているのは、まさに場所なんです。僕らはふだん場所をそんなに意識してないかもしれないですけれど、人を生物として考えると場所からもらっている五感の刺激、匂い・風・音などから相当影響を受けていると思うんですね。ラジオって映像がない分、視覚以外のものをどうやって届けるかがすごく大事なので、神保町を舞台にした途端、僕の中で主人公が動き出すというか。今年で17年目に入りましたが、こんなに長く続いたのは神保町を舞台にしたおかげだと、僕は思っています。
もう一つ、2010年から書いている『Sound Library 〜世界にひとつだけの本〜』も、実は神保町を舞台にしていて。こちらも13年目なので、やっぱり神保町を舞台にしたことで広がりがでた気がしますね。

 

♢ドラマの中に実際に存在するお店や人物が出てくるのも魅力ですよね。

リアルとフィクションを混ぜることも、企画立案時から決まっていました。『安部礼司』でも登場する「喫茶さぼうる」は、最初全国のリスナーさんは架空のお店だと思っていて。実際にあるってわかって、全国から東京に遊びにきた人が神保町を巡ってくれたりするようになったんです。聖地めぐりじゃないですけど、リアルとフィクションの境界線がなくなるのは、ものすごく嬉しいですね。

 

↑取材では、写真だけではなく絵を描くことで、その場の空気感などを残せるようにしている。

 

♢どういう目線で街を見ているのか気になります。

ネタ探しみたいになっちゃうと痩せ細っていく(笑)なるべく一回受けた情報は自分の中で咀嚼して消化してから出すようにしています。でも新鮮な情報はすぐ出さなきゃいけないので、そういう時は主人公の感情を乗せるようにしているんですね。「情報を情感に変える」が僕のキーワード。例えば、牛丼が出てくる新しいタイプの自動販売機を題材にするなら、その自販機を主人公が楽しいと思って見るのか悲しいと思って見るのかによって、急にドラマになるのです。人は情報には感動しませんが、情感は人の共感を得られるんですよ。主人公が「やっぱり牛丼のお店で店員さんと会話したかったな、なんかちょっと寂しいな」って思った気持ちは誰かと繋がる。そうするとネタが種になるっていうか。誰かの心の中に入って、そこで花開かせてくれたりする。

 

♢文章を書く上で気をつけていることは?

取材してから文章を書くことが多いですけど、生理反応というか、その時に感じた雰囲気を失わないように、生っぽく残したいんです。文章を構築するとなると頭の中で考えて組み立ててしまうんだけど、そこが大事なんじゃなくて、生々しい感じで伝わるといいなと思っていて。少し料理人に似ているかもしれませんね。素材が良ければいろんなことしなくても良くて、ソースでベッタベタにしたり焼きすぎたりすると損なうでしょ。なるべくその素材にぴったりあった料理を見つけることが一番。

 

♢脚本家になったきっかけは?

高校・大学と、ずっとお金がなかったんです。大学時代は住み込みで新聞配達をして、稼いだお金は家に仕送りもしていました。学費は奨学金です。あの頃はそれこそ神保町に来て、1冊100円の古本の文庫本を買うか買わないか、2時間迷ったりしていました。ですから、お金を稼ぐことはすごく大事なことだと思っていて。空ばっかり見ていると足元の小さな石につまづいたりするでしょ。だから長く空を見続けるためには、すごく矛盾しているんだけど、足元の石を避けられるようにしたり、足腰を鍛えておかないといけない。だから、僕にとってサラリーマンってものすごい大事だったんですよ。卒業後、会社に就職して5年ぐらい頑張って、27ぐらいになったときに全体が見えてきて、なんか足りないなと思って。このままずっとこの仕事だけやっていていいのかなって初めて思った時に、なぜかわからないんですけど突然ラジオドラマを書いて。よく考えてみれば、文学部だったし、本読むのも映画見るのも好きだったから、ものを書くっていう土地は耕していたとは思うんですけどね。書いたラジオドラマをコンクールに出してみたら、ラジオドラマの一番大きいコンクールで3次審査までいったんです。初めて書いてここまでいったから、もしかしてこれはやれるんじゃないかって思って、3年間30歳になるまで働きながら並行して書いてみて、それでも賞も何も取れなかったら止めようと決めました。でも、全然入選しないんですよ。やっと29歳のもうすぐ30歳になる冬に、仙台にある放送局の開局40周年記念のラジオドラマのコンクールで大賞をいただくことになって。でもそれでも、ものを書くこととお金を稼ぐことが自分の中で全然イコールで繋がらなかったので、サラリーマンはサラリーマンで頑張りながらコツコツ書こうって思って。それからいくつか賞をもらって、それでもまだサラリーマン辞めなくて(笑)もっと早く筆一本になっていたらどんな風になっていたんだろうって後悔したり、悩んだりすることも未だにありますが、結果サラリーマンを主人公にした『安部礼司』が書けたりするのは、もしかしたら自分がちゃんとサラリーマンを頑張ったから、リスナーさんから共感を得られるものになっているのかなと思います。

 

↑サラリーマン時代の北阪さん

 

♢北阪さんが担当される回はいつも感動するストーリーですよね。やっぱりちょっと狙っていたり?

ありがとうございます(笑)なんかそういう役割になっちゃってて。狙うっていうか、そういう話が好きなんだと思います。
最近よく書いちゃうシーンがあって、靖国通りを北の丸公園から九段下の方に降りてくる道なんです。すごく好きなんですよね。サラリーマン時代も、地下鉄を神保町まで乗らないでわざと九段下で降りて、北の丸公園の吉田茂像に挨拶をして、靖国通りからゆっくり坂を降りて九段下に行って神保町に戻るというのをよくやっていたんですね。場所の高低差って気持ちに影響があると思っていて、自分の内面に降りていきたいときは下に降りていった方が良くて、全体を見渡したいときは高いところに登った方がいいと思ってるんですよ。時々高いところに行くと、勝手に体が未来とか夢とかを考えるモードに入る。最近、人間を生き物として捉えた方がいいなと思うんです。基本的に僕は怠け者なので、外から攻めないとなかなかうまいこといかない。だから仕事モードに入ったり頑張んなきゃって時は坂を九段下に向かって降りていくと、これから頑張ろうって思える。

 

↑こちらが、その靖国通りの坂

 

♢これからやってみたいことは?

旅が好きなので、いろんな街のいいところやいいものがうまくマッチングして、あの街に行ってみたいなとか食べてみたいなとか思ってもらえるような、そんな文章を書きたいと思っていますね。地方創生とか言われてるけれど、そんな大それたことじゃなく、せっかくものを書くのが生業としてあるのでね。それが今の一番やりたいことかな。

 

取材にご協力いただき、ありがとうございました!

 

脚本家 北阪昌人

詳しくはホームページをチェック!

 

『NISSAN あ、安部礼司 BEYOND THE AVERAGE』

毎週日曜 夕方5時から TOKYO FMなど全国JFN38局ネットで放送中

『Sound Library 〜世界にひとつだけの本〜』

「私の名前は月原加奈子…」神保町の旅行会社勤務の彼女の人生は、何処にでもある、ごく普通の人生。でも、本の中の彼女に出会うと、心の湖に波紋が幾重にも広がるように、ゆっくりと優しい言葉が満ちていきます。
毎週土曜 夜9時から JFN各局で放送中。