誰もが安心して子育てできる地域にしたい
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児童発達支援・放課後等デイサービス ぴかいち 中田弾さん
♢ぴかいちとはどのような施設ですか?
ぴかいちは、支援が必要なお子さまや障がいがあるお子さまなど、日常生活の訓練が必要なお子さまが通う、千代田区平河町にある放課後等デイサービスです。その子たちが成長する過程で社会性や協調性を身に付け、学校を卒業して社会に出たときに、自立して社会に溶け込んでいけるようになるための訓練の場として、子どもたちにご利用いただいています。ぴかいちは朝の9時から開所しているので、土曜日や長期休暇など、学校のない日は朝の9時からご利用いただけます。子どもによっては夕方までいらっしゃる人もいれば、ご家庭の事情や他の習い事などで、ご予定の間を縫ってご利用いただく人もいます。お仕事がある親御さんの子どもなども、夕方までお預かりできます。
ぴかいちを卒業したあとは、就職する人ですと、一般企業に就職する人もいれば「障害者就労支援施設ジョブ・サポート・プラザちよだ」などの就労作業所に通う人もいらっしゃいます。なかなか特性上仕事ができない人は、仕事ではなくて活動する場として「千代田区立障がい者福祉センターえみふる」をご利用される人もいます。また、大学や専門学校を目指している人もいらっしゃいます。それぞれですね。それぞれの子どもの特性を見て保護者と相談しながら一緒に考えていきます。
♢中田さんがぴかいちを始めようと思ったきっかけは?
もともと千代田区と関わり始めたのは、学生時代に通っていた大学のキャンパスが千代田区にあったからでした。当時は建築を学んでいて、デザインや構造といった分野がある中で、私は福祉工学やユニバーサルデザイン、バリアフリーといった分野に興味を持ち、勉強していました。それがきっかけで、建築の中でも高齢者や障がい者、子どもたちが過ごす空間に興味を持ちまして。当時の大学の先生から「子どもの空間を学んでいくにあたっては、実際に子どもたちと触れ合わないと、子どもたちの気持ちがわからないよ」とおっしゃっていただいて、千代田区内の小学校や児童館など、子どもたちが集まるような場でボランティア活動をし始めたのがきっかけになりました。
子どもと遊ぶことに慣れているという点で言えば、今思えば、幼い頃から父親の仕事の都合で住まいを転々としていたことも影響しているかもしれません。私は日本で生まれたのですが、すぐにアメリカに行って、小学校に上がる頃に日本に戻り、中学校3年間はスリランカにいました。その後、高校進学と同時に日本に帰国しました。小学校の頃は社宅に住んでいたので、社宅の中で学年関係なく幅広い年齢層の子どもたち同士で一緒に過ごすのが当たり前の環境でした。また、スリランカにいた頃に通っていた日本人学校は、小学生と中学生を合わせても50人ほどしかいない学校でしたので、行事などの際は小中学生が一緒に参加するといった感じでした。ですので、年下の子どもたちと一緒に何かをしたり、お世話をしたりするといったことは自然にしてきていたので、そういうことに抵抗がなかったというのが、大学生になってからのボランティア活動にもプラスに働いたのかなと思います。
↑幼少期、アメリカにいた中田さん
♢ボランティアを始めることになったきっかけは?
大学生になって、千代田区内でボランティアをしているサークルに入部したことがきっかけです。サークルの活動として小学校に行く活動を続ける中で、地域の方と顔馴染みになり、サークルの活動以外にも個人的に「こんな活動にも来てよ」と声をかけていただけるようになりました。大学で行っていた研究は、小学校の校庭開放の遊び相手のボランティアを通して、大学生が入る前と後での子どもたちの遊びの変化を調べました。大学生が入ったほうが、学生を介していろいろな学年の子どもが集まってきて異世代交流が増えますよといった内容です。もともと大学生がボランティアとして誘われた経緯は、小学校で校庭開放はしているけれど、子どもたちがみんな携帯ゲームを持ってきて隅っこのほうでしているとか、同学年同士としか遊ばないという実情がある中で、PTAの方からせっかく校庭に遊びにきているんだったら、体を動かして遊べるように大学生や違う学年の子どもたちとも遊べるようにしてほしいというご要望があったからでした。ですので、校庭開放では鬼ごっこやリレー、サッカー、野球など、昔自分たちが公園で遊んでいたような遊びをそのままやっていましたね。
♢他にも個人的にボランティアをされていたんですよね。
例えば、学生の頃にお蕎麦屋さんと若手アーティストでコラボをしようということで、老舗のお蕎麦屋さん20店舗ぐらいにアーティストを一人ずつ連れて行き、お店に作品を飾るというイベントのお手伝いをしました。その関係で、社会人になってからは千代田区内の児童館を利用する子どもたちを対象に、お蕎麦の絵を描くコンテストを実施させていただきました。お蕎麦屋さんたちに各店舗の賞を選んでもらって、選ばれた子どもを対象とした手打ちそば教室をやらせていただきました。もともと、お蕎麦屋さんたちからもっと地域の子どもたちと接点を持ちたいとか、子どもたちにもお蕎麦屋さんがあるということを知ってもらいたいというお話を聞いていて、私はずっと子ども関係で動いていたので何かできるのではないかなと思いました。児童館とも繋がりがあったので、ここを会場としてコンテストをしたいと提案して。ですので、自分が持っているネットワークを使って、こことここを繋げたらできるかなということを考えて実行に移していましたね。
♢卒業して、その後は?
大学院まで進み卒業後、最初は不動産会社に就職しました。1年半ぐらい働いたところで、転機が訪れます。当時の千代田区役所の観光係が観光協会として区役所の外に出ることが決まり、私が学生時代に区内で動き回っていた経緯を受けて、一緒に働かないかと声をかけていただきました。千代田区内に顔見知りが多いことや、地域を動き回っていたことを買っていただけたんだと思いますね。それももう15、6年前になります。観光協会には非常勤として雇っていただいていたので、その間も子ども関係のNPOの立ち上げに関わったりですとか、早稲田大学で助手をさせていただいたりですとか、いろいろと並行して動いていました。観光協会には4年半ぐらいいたのですけれど、その時期は今でいうフリーランスみたいな感じで、いろいろとお声掛けいただいた仕事をとにかく断らずに全部やってみようという感じでしたね。当時はまだ社会人2年目ぐらいでしたので、お仕事内容に関わらずご相談いただいたことは断らずになんでもやってみようという気持ちがありました。その頃も時間的には大変でしたけれど、さまざまな経験をさせていただくという意味ではすごく良い経験になったなと思っています。
♢いろいろなことに興味や関心を向けられていますね。
そうですね。仕事にしても、自分がこれをやりたいからどうしてもこういう仕事じゃないとダメというよりは、仕事を依頼してくださった方に対して何かしたいという気持ちが強いんです。自分次第ではなくて。ですから、わざわざ指名をしてまで「中田さんお願いします」と言われたものに対しては、できるだけ努力をしようという気持ちで今までやってきたのだと思います。
♢中田さんはいつも、立ち振る舞いから丁寧ですよね。言葉にしてちゃんと伝えてくださるというか。
どうですかね?(笑)ただ、私はいわゆる「勉強」ができない人生だったと思うんですよ。小学生の頃は掛け算ができなくて、最後の最後まで居残りさせられていたりしました。中学生の頃から建築に興味を持っていましたが、大学で建築を学ぶために必要な物理や数学は赤点で、先生に呼び出されて「本当に理系に行くのか?」と言われたり。勉強は自分にとって「できなかったこと」なのです。大学でもそうで、すごく知識がある人って、結果だけ伝えて分かるでしょ?って言いがち。でもそれじゃわからないよって思ってきた人生だったので、一から説明しないと人にはちゃんと伝わらないんじゃないかなと。私がそうして欲しいので、人に何か伝えるときはちゃんと一から伝えてあげないと、という思いがありますね。それでも大学では運良く、建築学科に入ることができましたが(笑)
♢ぴかいちは内装もすごく可愛いですよね。中田さんが設計されたんですか?
新たに「ぴかいち」という施設をつくるとなった時に、いろいろな似たような目的を持った施設を見学させていただいたんですけれど、無機質な感じがするところが多い印象を受けました。おそらく福祉の事業って利益もなかなか出ないので、設備費にお金をかけられないんだと思います。ただ一方で、職員も施設を利用している子どもたちも、無機質な場所で訓練していても楽しみながら通うということができないと思うんですよ。ですから、ぴかいちを家のような落ち着ける空間にしたかった。子どもたちが家のように寛ぎながら活動できる。そんな雰囲気が子どもたちに与える影響って大きいと思うんです。そういう環境を用意してあげたいなと常々思っています。
↑所々に木が使われ、柔らかな印象
♢学生時代からぴかいちのようなデイサービスをやろうとは思っていたのですか?
実は、全く思っていませんでした。ただ、ボランティアをしていた時からお世話になっていた地域のお父さんお母さんと話す中で、やはり千代田区は子どもの人数が少ないこともあって子どもを支援する施設が少ないということを知りました。そのためみなさん区外に通われていて、家の近くにあったらいいなと。ただ、区も直営でそういった施設をつくるのはなかなか難しいというお話だったので、それならば小さいながらも独立してつくりましょうということで、8年前にぴかいちをつくらせていただきました。
♢ぴかいちをつくるために独立されたんですよね。勇気がいることだったと思います。
そうですね。ただ、私は小さい頃から新しいことを始めることに比較的躊躇いがないのかもしれません。仕事も観光協会に誘われた時にすぐに辞めて、次に移れましたし。こういう施設が千代田区にないと分かった時も、ぴかいちをつくる仕事はおそらく自分が動かないとまた先延ばしになってしまうだろうと思ったので、動いてしまった。だから、先に動いて後から後悔することも結構多いんです(笑)ただ、あまりそういう場面では躊躇せず、後先考えず、とりあえずやってみようと思って今までやってきたんですよね。
♢親御さんたちも、ぴかいちができて嬉しかったでしょうね。
ぴかいちができて良かったという声は何人もの方からいただいています。ただ、もちろん最初は認知されていなかったので、できて1、2年は利用する方もなかなか増えなくて大変でした。それが8年経った今は定員いっぱいで、キャンセル待ちをしていただいている方がいるほどです。結局ここと同じような施設が千代田区内に増えないと、ぴかいちを利用できない方が区外の施設を利用しなくてはいけないという昔の状況にまた戻ってしまうので、今はぴかいちでも定員数を増やして千代田区内で本当に必要な方々が利用したい時に利用できるように計画しています。忙しくなるとは思いますが、コロナ禍でも必要とされる仕事ができていることはありがたいと思いますね。
♢ぴかいちを続けてきて良かったと思う瞬間は?
5年6年とずっと利用していただいていた子どもたちの変化を見たときですね。利用を始めた当初はやっぱり強いこだわりがあってなかなか周りとうまく活動できなかった子どもたちが、今は率先して周りの子どもに声を掛けて活動していたりする様子を見ると、ずっと支援してきて良かったなと感じます。あとは、子どもたちが施設に来るときに「ただいま」と言ってきてくれる時ですね。最初は「こんにちは」だったのが、学校から帰ってきて「ただいま」と言ってくれるようになるのが、この施設が子どもたちの居場所になった証拠かなと感じて嬉しいですね。
♢第2の家みたいに思っているんでしょうね。
保護者からの意見であったのが、学校からそのまま家に帰ると、学校には学習や友達関係のストレスがあって、そのモヤモヤが残ったまま帰ってくるので、家でパニックになってしまうことがあるらしいんです。でも、学校と家の間にぴかいちで過ごす時間があると、学校であった嫌なことや、なかなか保護者に言いづらいことも、ぴかいちの職員には話して発散したりだとか、お友達と遊んでストレス発散して帰ることができて、家に帰っても落ち着いていられるんだそうです。特にぴかいちを利用していただいている子どもたちは、自分の気持ちをその場ですぐに適切に伝えることが難しい子どもたちが多いです。学校で喧嘩になって謝りたくても謝れなかったり、自分が嫌になった理由を伝えられなくてそのまま引き摺って帰ってきたりとか、あるのかなと。それをぴかいちで吐き出してもらいたい。
♢子育てに不安を感じる親御さんもいらっしゃいますよね。
ぴかいちを利用している人の親御さんも、実は子どもとこんな会話があってちょっと不安になったので相談させてくださいだとか、今まで見なかった行動を最近するようになったとか相談されることがあります。きっと親御さんたちは家の中での子どもたちはずっと見てきていると思いますけれど、子どもたちが成長するたびに外で活動する時間が多くなっていって、親御さんが把握できない場面が多くなったりすると思うんですね。そういうタイミングで初めて聞く発言や行動が子どもから出てきて不安になる。でもそういう悩みを相談できる場所がなかなかない。ぴかいちをご利用いただいている人であれば、すぐにスタッフにご相談くださいとお伝えしているので、一緒にできることをやっていきましょうとなるんですけれどね。利用者ではない方たちであっても、支援が必要かどうかに限らず、子育ての不安って全員が持っている。子育てのちょっとした不安などを相談できる場所や親御さん同士の集まりやコミュニティがもっとできたらいいなと常々思います。子どもの支援は子どものためと思って地域の大人がやりましょうとなるけれど、保護者側への支援は後回しになりがちです。保護者の子育て支援も、相談という形で同時にやっていかなくてはいけないと思いますね。もちろん区役所の福祉課などでも公式的に相談はできると思うのですが、それはすごくハードルが高いと思うんですよ。なので気軽に吐き出せるような場所、子どもたちがぴかいちでストレスを発散していくのと同じような場所ができるといいですよね。
♢これから中田さんが挑戦していきたいことを教えてください。
自分の活動を通して千代田区って住みやすいよねと思っていただけるように、今後も関わらせていただきたいですね。具体的にはカフェをやってみたい。あと、昔でいう日比谷の文化会館ってありますよね。あの図書館でキャンプをやりたい。建物の中で好きなところにそれぞれテントを張って、一日好きな本を読みながら寝泊りする企画をやりたいと思っていて。他にも千代田区でこんなイベントあったら面白いよねっていうのを、色々なところに持ち込んで提案していきたいですね。
ただ、自分が面白そう、やってみたいなって思うことがある一方で、やはり目の前の課題、デイサービスもそうですけど、こんなサービスがないと千代田区で住み続けられないなっていうことが優先。千代田区の方々と相談しながら、なかなか行政が動けないのであれば民間で動いて具体的にするのも大切だと考えています。行政も地域の方々も、それぞれ思っていることやできるタイミングが違うと思うんですよ。なので、できることがあれば僕らが早く取り組む。そういう風にしていけたらなと。あと、自分が子どもの頃からいろいろな地域を転々としていたので、それはそれで良い経験ができたので良かったなと思いながらも、いま関わっている子どもたちを目の前にすると、自分が住んできた街にずっと住み続けて、働いて、コミュニティが続いていくという状況も幸せなのではないかと思うんですよね。ですので、そういった選択肢も残してあげられる状況をつくっていきたいです。自分自身、地元というか故郷みたいなものが全くない。自分にないからこそ、今いる子どもたちにはこの場所が故郷。仕事で出ていくかもしれないけど、また戻ってくる場所がつくれたら良いなと思います。
♢あるまっぷの読者に伝えたいメッセージはありますか?
千代田区は真ん中に皇居があって、東京駅や秋葉原、麹町などがあって、すごく人口が少ない小さな都市ですけど、魅力がたくさん詰まっている場所だと思います。観光協会にいたからかもしれませんが、もっともっと千代田区の魅力を知ってもらいたいですね。子どもたちの支援をしているのもありますが、もっと千代田区に住んでみたいなって思っていただける方々が多くなると嬉しいかな。(取材日:2023年2月1日)
取材にご協力いただき、ありがとうございました!
児童発達支援・放課後等デイサービス ぴかいち
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