「共生共働を目指す文化を創りたい」 秋葉原社会保険労務士事務所 脊尾大雅さん
共生共働を目指す文化を創りたい
秋葉原社会保険労務士事務所 脊尾大雅さん
社会保険労務士事務所を立ち上げた経緯は?
私は今44歳なのですが、24〜30歳までは精神科のクリニックで依存症の方の治療をしていました。
依存症は自殺も含め、死との関係が深いです。
少しでも自殺を減らすことができたらという思いで仕事をしていました。
精神科にいた頃は、自殺対策の研修でハンガリーの国立病院に行ったこともあります。
ハンガリーは自殺率が高かったのですが、減ったんですよ。理由は、うつ病の良い薬が出たから。
そして、自殺未遂をした方々がお互いに自分の話をする場所を作ったからです。
私が行った国立病院には、自殺未遂をした方が入院するクライシス科がありました。
そこでは、グループミーティングという話し合う場が設けられていました。
けれども、人の健康というのは個人のメンタルやフィジカルの問題だけでなく、あくまで環境的な要素や社会的な要因あってのものです。
ですから、個人へのアプローチだけでなく、環境的なセットアップがどうしても必要で、個人のスキルアップだけでは限界があると感じるようになりました。
そして環境そのものの健全化に取り組みたいと、ジャパンEAPシステムズという企業の職場改善支援をする会社と出会い、そこに転職しました。
それが30歳の時です。
しかし、私はやはり精神科にいた時と同じようなことを考えていました。
たとえ企業が健康になろうと努力しても、その業界、日本全体、世界全体に不健康さがあると、これ以上は健康になれませんよ、という限界が見えてくるのです。
そんなとき、縁があって秦野市の自殺対策事業に参加するなど、中小企業に関わる活動をはじめました。
中小企業は大企業とは違い、もっと属人的な空気感があります。そのため、中小企業がもっと健康になるためには、社長を筆頭とする“人”の成長が不可欠だろうなと感じると同時に、ドラスティックな変化を起こせる可能性も感じ、社会保険労務士の資格を取って中小企業の支援に取り組んでいこうと決めました。
今も中小企業からの相談がメインですか?
そうですね。社員1人ぐらいの会社から、1000人ぐらいまで。
こうなると中小企業ではもうないですけれど……。
就業規則や労務面の外枠の作成をさせていただいています。
就業規則については、厚生労働省のモデル就業規則を利用している会社も多いですが、それだけでは十分ではない場合も多く、実態との擦り合わせをやらせていただいています。
会社自体を社長さんと一緒に見ていく感じですね。
そうですね。就業規則を自分ごととして作っていきたいというムードの会社様では、それをプロジェクト化して社員の皆さんと一緒に作っていくということもありますよ。
事例をひとつ教えていただけますか?
株式会社fog(フォグ)というサーキュラーエコノミーを啓蒙している会社様ですね。
すでにあった就業規則をメンテナンスする形で関わりました。
その中で、「就業規則って、もっとメッセージを吹き込んで良いのですよ。
型通りでなくて、もっと自分たちの大事にしているものを落とし込んでいくことができるものですよ」とお伝えしたら、それを体現してくださいましたね
就業規則の要素は3つあって、1つ目は会社のルールブック。業務時間とか。
2つ目は、業務マニュアルであること。必要な書類が一目でわかるとか。
そして、3つ目が経営者のメッセージなのです。
脊尾さんの事務所には、がんに罹患した方の採用枠がありますね。
2019年の年末に、がんサバイバーの知り合いと有楽町でお茶をしていた時に聞いた言葉がきっかけでした。
「がんで仕事を離れたら、孤立感がすごい。
生きていくために治療しているわけだけれども、仕事がないから不安だ」って。
そういう方が、仕事ができる状態にできないのだろうかと考えた時に、給与計算業務だったらできるかもしれないと思いました。
締日と支払日が決まっているので、治療と組み合わせやすいかなと。スケジュールが決まっていれば、安心して治療もできるし、休みの時間も取れますよね。
今はまだ1人しか雇用できていないのですが、理想は3人のがん患者さんと健康な方1人が一つのグループになって、4人で仕事を回していく形です。
基本は3人でカバーしあって、体調が優れなかったりしたら健康な1人がフォローするという。
2人に1人ががんになると言われている社会で、治療と仕事を両立している人は3人に1人です。
がんで離職した人がもう一回活躍するためには、それに合った環境が必要ですが、多くの中小企業には大企業のような長い休職制度を作る体力はありません。
そうすると、がん治療は短い期間では落ち着かないので、やはり休職ではなく退職することになってしまいます。
日本の働き方では、一回ルートから外れるとなかなか復活しづらいのが現状です。
そういう人たちが退職後どうなるかということを想像しなくてはいけないですよね。
この世から消えて無くなるわけではない。いるわけですよ。
その人たちやその人の周辺の家族とかの気持ちを考えると、やっぱり私は、退職するしか道がない人々がいることを想定した上で、復活のルートを作っておかなければと思うのです。
うちも試行錯誤してがん患者さんの雇用をしていますが、うまくいかなかったことも含めて、それを社会に発信していきたいと思っています。
そうすれば他の会社でも取り組みやすくなりますよね。だから、“これから”ですよ。うちのビジョンは「共生共働の社会を創造する」ことです。
給与計算業務やその他の社労士の仕事は、これを達成するための手段でしかありません。
健全な労務体制の会社を支援して、その人たちがそれぞれの思う社会的価値に向かっていければ良いし、そこに雇用が生まれると、共に生きて共に働く社会が作れると思うのです。
やってみたい取り組みは?
たくさんありますが、私の頭はビジネス脳ではないみたいで、儲かる仕組みにならないのですよ。
興味深いし意義はあるけども、儲からないよねという感じです。
儲かるというのは、私利私欲ではなくて持続性のエンジンとしてです。
例えば、私がやりたいことの一つに「おにぎりカフェ」があります。
メニューは「おにぎり・漬物・味噌汁のセット」だけで、店員はお客さんの人数を数えるだけで良い。
完全キャッシュレスにして、細かいお金のやり取りも無くします。そうすることで、認知症の方の雇用につながるかなと思っています。
他にも、ポイントが付くようにして、貰ったポイントを他の人にプレゼントしたら、その人がおにぎりと交換できるなど。
お金はなくてもご飯が食べられれば、生きることができます。
また、「おにぎりカフェ」という行く場所ができれば、メンタル的にも生きることができるのです。
飲食店のプロに聞かせたら、それは採算を合わせるのが結構大変よって言われましたけれどね(笑)
人が活躍する場所を作りたいという想いが伝わってきます
そうですね。うちの事務所の外線電話は、水曜日と金曜日は高知県四万十市に転送されています。
そこで電話をとってくれている方は脳腫瘍があり、視力が弱い方です。
けれども電話を取ることはできるので、うちのために働いていただいています。また、経理の担当者は他社の聴覚障害の方です。
その方はうちだけではなくて、色々な会社で業務委託として働いています。
経理の仕事はどこの会社でもありますから、幅広く活躍できますよね。
これを私たちは社員シェアと呼んでいて、物事をシェアする時代の次の方向性は、人材のシェアだと思っています。
フリーランスだけで構成されている会社も今はありますよね。動きやすいからですよ。
だから、うちでも実験しているのです。
今後は、うちの社員をいろんな会社にシェアして行くことも考えています。
他にも、うちのチラシの封詰は、葛飾ろう学校の方たちにお願いしています。
キン肉マンのフィギュアだらけですね
キン肉マン、好きなんです。メッセージ性のある漫画だと思っていて。
それぞれのイデオロギーを持った色々な属性の超人たちが、戦いを通じて理解しあったり仲間になったりしていく。
葛藤の乗り越え方として、良いなぁと思うのです。
少しキン肉マンの好きなエピソードを話すと、完璧(パーフェクト)超人という不老不死の超人がいて、彼らは自分たちが生き続けることで世界を安定させようと思っている。
死の概念がある正義超人にとって、不老不死の完璧(パーフェクト)超人はとても強く、実力差は相当あるんです。
けれども、正義超人は死ぬことを前提として生きているため、自分たちの哲学を残そうとする。戦いはそのための手段の一つなんです。
戦いを通じて完璧(パーフェクト)超人は、「目の前の正義超人を殺してもその哲学は受け継がれていって、第二の正義超人、第三の正義超人が生まれる」と思うようになるわけです。
だから完璧(パーフェクト)超人は、正義超人を殺すことに意味はないと悟って、敗北宣言をするのです。
僕のやっていることも正義超人に近くて、僕が永遠に生き続けるなら良いですが、そうではないので、自分がいなくても存続させることが必要なのです。
そう考えたら、空気創り、文化創りしかないのです。その文化を創るのは組織でやります。だからこうやって、考え方を広げていくのです。
一人でやってうまくいくのだったら、完璧(パーフェクト)超人の考え方で良いですよね。でも絶対に人は死ぬ。だから正義超人になるしかないんです。
分かり合うために関わるんです。共生共働の社会に向かっていけるなら、社会保険労務士でも「おにぎりカフェ」でもいいんです。
それは手段であって、目的ではないので。
そうやって戦って、文化を創っていくんです。
キン肉マン、読んでください。震えますよ(笑)